■おおきく振りかぶって 〜夏の大会編〜
第12話「9回」
カキイイイン!!
カキイイイン!!
カキイイイン!!
(さあて…この回、何点入っちまうかな)
(な…なんで!?なんかおかしーよ…なんでいきなり打たれてんの!?)
西浦vs美丞の試合もいよいよ大詰め。5−7と2点を追う形で9回表の守りを迎えていた西浦…
ここはなんとしても抑えて9回裏の攻撃に望みを…って、そんなことを考える暇もなくいきなり三橋メッタ打ち!ゲェー!?
これまでの7回・8回は田島が捕手になってからも、なんとかギリギリで打者をかわしてきたというのに…それが9回になった途端
突然バカスカ打たれ始めて、田島も何がどうなってるのか困惑するばかりです
「田島君っ!」
「あ…!タ、タイムお願いします!監督…なんかおかしいっす…!」
「何がおかしいのか説明できる!?」
「えっと…球種っていうかコースっていうか…やけにピッタリ振られるっていうか…
ちょっと心の中読まれてるみたいで…」
「…読まれてるとしたら…あなたの心じゃなくて、私の心だろうね」
「えっ?」
「ベンチは向こうから丸見えだし、もしかしたらサインを盗まれたかもしれない」
あまりの打たれように、たまらず田島をベンチに呼んで原因を探るモモカン。
そこでふと気がついたのは、「もしかしたら自分のサインが解析された」せいなのではと…
そう、実はまったくその通りで、美丞ナインはモモカンのサインを見破ることでやりたい放題打ちまくっていたのです
捕手が田島に交代して以降、ストライクとボールの指示はモモカンが出しているわけで…
それが見破られてしまった今、三橋の投球は美丞ナインにとって苦もなく打ち返せるものになっていたのです
「じゃ、じゃあサインを変えれば…!」
「それより…そろそろ田島君が組み立ててみない?」
「えっ…?」
「もちろん三橋君と協力してね。もう3巡以上投げてるんだから、各打者の空気は
あなたより分かるはずだよ。嫌な球にはちゃんと首振るように言いなさい」
「は、はい!」
と、そこでモモカンが立てた対策は、田島と三橋が2人協力して配球を組み立てる作戦!
こう書くと当たり前の話のようですが、捕手素人の田島と首を振らない三橋とでは、ある意味これも一か八かの賭け…
しかし三橋は今日かなり美丞の打者相手に投げているので、それを上手く活かせればなんとかなるかも…
(やっぱ1球目はストレートじゃ恐い…)
((こくり)カーブ…!)
スパアアアン!
「ボール!」
(次は入れるぞ…!)
((こくり)低目にシュート…!)
(1球目ボールだし、次はストライクだろ…この回はみんなカーブを打ってるから、
速い変化球にマト絞る!)
ビシュウッ!
(きた!)
グワッキイイイイイン!!
「えっ!?」
「ス…スリーラン…ホーム…ラン…」
うわああああああああ!!な、なんという…なんという皮肉な結果に!
三橋と田島が力を合わせようとしたその時、なんとわずか2球目にして飛び出した絶望的なスリーランホームラン!
たったの2球…「もう1点もやれない」と気持ちを新たに放った球が、たったの2球で打ち砕かれてしまうなんて…
正直、今のは三橋も田島もミスはしていない場面だと思います。きちんと低目に投げた球を、スタンドまで運んだ相手の打者が凄すぎました
しかしどれだけミスがなかろうと、この結果はあまりに西浦にとって絶望的…0点に抑えなければならない回だったのに、
この回取られた点はすでに4点…この状況はあまりに辛い…辛すぎる…
そう、あのお気楽な水谷でさえレイプ目になってしまうほどショックすぎる状況です(えー
ドワアアアアアアア!!
「じゅ…11…対…5…?」
「…やられたな…」
「う…うん…」
「…がんばろーな…!」
「…うん…!」
守り切らなければならなかった9回で、取り返しのつかないほどの大失点…
最後のわずかな希望を粉々に打ち砕かれた三橋達は、あまりに大きい喪失感で放心状態のようになっていました
しかし、それでもここで立ち止まるわけには行きません、まだ残りツーアウトを取らなければならない以上、
もう一度自分を奮い立たせて向かっていかなければ…
(ちきしょう…!謝ることも出来ねぇ…!こういう時は三橋の一番投げたい球だ!)
((こくり)ス…スライダーを…外低目に…)
スパアアアアン!
「ボール!」
(あれ!?は、外れた…!?)
「ナイスボール!惜しいよ!」
((こくり)つ、次は…まっすぐ、真ん中高め…!)
スパアアアアン!
「ボール!」
(なんでノーツーにするの!?次、狙われるよ…!)
(まっすぐもダメか…!?何ならいい…?嫌な球は首振ってくれよ…!?)
((こくり)シュ…シュートを…)
スパアアアアン!
「ボール!」
(…!?田島じゃないぞ…?)
(三橋が…乱れてるのか…!?)
(三橋、真ん中でいいぞ!ここだ!)
「(こくり)う…んっ!」
スパアアアアン!
「ボールフォア!」
(は…入…らない…!?)
うああああ、ところがそんなスリーランを浴びて以降、三橋の投球に異変が!いつもの絶妙なコントロールが見る影もなくなり、
ひたすらにボール球を連発してしまうという…いくら頑張ろう頑張ろうと立て直そうとしても、
さっきのスリーランで一度折られた三橋の心は、どうしようもなく打ちのめされていたのです
考えてみれば、この試合三橋はここまで踏ん張ってきただけでも相当なものでした
1・2回にメッタ打ちを受け、ツーランホームランで出ばなをくじかれ、立て直そうとしたところに阿部が負傷退場し、
慣れない田島相手に投球を続け、9回でさらにメッタ打ちを受け、最後のトドメにスリーランホームランを打たれ、高校初の2ケタ失点…
ここまで酷い目に遭わされて、平常心のまま投げられるピッチャーなんてこの世にいるんでしょうか
精神的にあまりに大きな負担を負わされてしまい、とうとう崩れ始めた三橋…
そんな三橋の姿を見て、仲間達はなんとかフォローしてやろうと意気込みますが…
(捕ってやんなきゃ…!ここは絶対っ…!捕ってやんなきゃあ…!!)
ガキイイイン!
「セカン!」
「はいっ!…あ、あっ…!?」
ポロッ
「あ…!?」
う、うわあああああああ!!ここでセカンド栄口がまさかのエラー!
幸運にもヒョロヒョロと栄口の正面に上がったセカンドフライだったのが…簡単にアウトひとつ稼げるはずが、それを弾いてフイにしてしまいました
「絶対に捕らなきゃ絶対に捕らなきゃ」と意識しすぎてしまったのか…精神的に追い詰められていたのは三橋だけではありません
他の西浦ナインも同じだったのです
「ド…ドンマイ!」
「(ガクガク)…ご…ごめん…!」
(さ、栄口君も俺も、き、緊張だ…阿部君いないから、緊張…
栄口君も、阿部君いないから…阿部君の…せいなのか…?
違う…!俺のせいだ…!)
すべては阿部の負傷退場から歯車が狂い出した西浦ナイン…しかし、阿部が抜けてチームがガタガタになったのは、
果たして阿部本人のせいなんでしょうか?そうではなく、ピッチングのすべてを阿部に頼り切っていた自分のせい、
今栄口がエラーをしたのも、投手である自分が崩れ出したせいだとハッキリ自覚した三橋。
自分さえしっかりしていれば…自分さえ今からでもしっかりすれば…そう思った三橋は、このチームを立て直すために
もう一度自分を奮い立たせます
(声…!出せ!!)
「ワンナウトオオオオオーーッ!!」
「え…!?あ…」
「み、三橋…?」
「…ヘヘッ…!ワンナウトオオオオオーーッ!!」
「「「おおおおお!!うぉっしゃあああ!!」」」
「…あ…!」
(俺が…みんなを…落ち着かせられる…?
俺が大丈夫なら…みんなが大丈夫…?俺が…エースなんだ…!!)
いつも弱気な三橋が腹の底からしぼり出した大声、それを聞いて初めはキョトンとする仲間達でしたが
すぐにその大声の意味を理解して、西浦ナインは再び息を吹き返します
まさにエースはチームの柱、自分が崩れればみんなが不安になる、自分がしっかりしていればみんなが安心する、
三橋は自分がそんな西浦のエースを任されていることを、改めて再認識したようですね
スッパアアアンン!!
「スットライーク!!」
(よし…!ワンナッシング!まっすぐの後だし、次は緩急つけてカーブいっとくか)
((ふりふり)ストレートの次は、カーブ打たれるよ)
(お、ダメか?そんじゃもう1球まっすぐで…)
「(こくり)………ん?は、はぁうあ!?お、俺、今、首振っ…!?」
そしてそんなエースの責任を自覚したせいか、初めて自分の意思でサインに首を振る三橋!
おお、それもしっかり打者を打ち取るビジョンを持って…なんだか凄く三橋が立派に見えますね
普段のキョドりっぷりが嘘のようにサマになってる感じです。そんな自分の変化には、三橋自身が一番驚いているようで…
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(く、首振ったのにすぐサインくれた…?田島君、いっぱい案あるんだなあ…
俺、いつも1球目でうなずいてたけど、首振れば阿部君も、次のサインくれたのかも…?)
スパアアアアン!
「ボール!」
(3球目はカーブ…今のは見せ球だ、次は速い球を入れてくる!)
(勝負球は速いまっすぐにしたいんだけど、どうだ?)
((ふりふり)速い球だと外れる…でも速い球じゃなかったら、何がいいだろ…?)
(速いのは嫌か、今日フォアボール出してるしな…
なら裏をかいて、もう一球カーブ行ってみるとか?)
((こくり)カーブ…!首振ると次のサインくれるんだ…
もし田島君がまっすぐとカーブで迷ってたとしたら、今俺と相談できたのと同じことだ…!
首振るのは俺の役目なんだ…当たり前のことなのに、
俺は今まで阿部君だけに責任を負わせてたってことか…俺は色々間違ってた…
全部これから…!頑張るんだ!!)
(ぐっ…!カーブ!?)
スッパアアアアン!!
「スットライークバッターアウッ!」
「「「うおおっしゃあああああ!!」」」
そんな二人の意見交換が見事にはまり、9回最後の打者を三振に切って取る三橋!
速球を待っていた打者に対して、2人でカーブを投げると相談した上での三振…まさしく2人の力で取ったアウトです
そして一度あそこまで崩れながらも持ち直した三橋に、仲間達はそれはもう凄い騒ぎようです。まさにお祭り騒ぎですなあ
いつもは三橋と上手くコミュニケーションできてない花井も、今日は三橋を思いっきりもみくちゃにしてるところが印象深いですねぇ
「おっしゃあ!1点ずつ返してくぞぉ!!」
「「「おお!!」」」
「ぜってぇ諦めんな!!」
「「「おお!!」」」
「勝つぞおおおおおお!!」
「「「うおおおおおおお!!」」」
そんな守備で完全に勢いを掴んだ西浦は、9回裏最後の攻撃に全てを懸けて円陣で気合爆発!
そして選手達だけでなく応援席も、ここが勝負どころとあって最高潮の凄まじい熱気に包まれます
それにしてもブラバンの人達が口を真っ赤にして楽器吹いてるのがなんか微笑ましいですね
これは暑さでやられちゃって口がヒリヒリしてるんでしょうか、それとも温度に関係なく長いこと吹き続けるとこうなるもんなのかな?
カキイイイイン!!
カキイイイイン!!
「おっしゃあ!花井!打ってけ打ってけぇぇぇ!!」
「おおおおお!!」
そんな気合の乗った攻撃が功を奏したのか、先頭打者・巣山がシングルヒット、続く田島がタイムリーツーベースと
いきなり連打で攻勢を仕掛ける西浦!田島も捕手から解放されて、やっといつもの集中力が戻ってきたみたいですね
さあそして点差が6−11となってバッターは5番の花井、このまま一気に打ちまくってペースを掴みたいところですが…
(俺にはこれまで全球ストレートだ…!この打席もストレート狙ってくぞ!)
ぶうううううん
「ストライーク!」
(え…お、遅い!?ストレートの球威が落ちてる…あっ…!抜いて投げてんのか!?
5点差の最終回だから…!?クッソ…!まだ終わってねえぞ!!)
ズッバアアアアン!
「ストライクツー!」
(なっ…!は、はまった…!)
ところが敵も一筋縄では行きません、打ち気にはやる花井に対して、ゆるいストレートで手抜きしていると思わせてから
すかさず豪速球を投げ込むというしたたかな配球!これで完全に自分のリズムを狂わされてしまった花井は、
残念ながら3球目も手玉に取られて、三振を喫してしまいます
《6番、ファースト、沖君》
(お、俺が打たなきゃ…!俺が打たなきゃ、次は…)
ところがそんな花井のアウトで、押せ押せのムードから一転絶望的な何かが見え始めてしまった西浦…
6番の沖も、「俺が打たなきゃ絶対打たなきゃ」と激しい焦燥感を抱えながら打席に向かいます
そう、なぜなら沖に続く7番バッターは、途中交代で入った西広だから…
前回の打席でもそうでしたが、ド素人の西広にヒットを打てというのはあまりに無理な注文…
さらに、沖がアウトになって9回ツーアウトという最も責任の重い打席を、西広に託すというのはあまりに可哀想すぎるというもの…
勝利のためにも西広のためにも、ここはなんとしても沖が出塁しなければいけない場面ですが…
ガキイイイン!
「アウトォォォ!!」
「う…ぐぅぅっ…!」
《7番、レフト、西広君》
「……あ…う……」
うあああああああああ!!しかし運命の神様はなんと皮肉なのか、沖の打球の行方は平凡な内野ゴロ!
こうして9回ツーアウト、この試合の全てが懸かった打席に西広が立たされてしまうことに…あああああ!
なぜこんなとてつもない場面に自分が…と、顔面蒼白になって打席に向かう西広があまりにも哀れすぎます
俺には「7番レフト西広君」のアナウンスが死刑宣告、そしてバッターボックスが死刑台に見えて仕方がないよ…(えー
「西広くううううん!!がんばれえええええ!!」
「西広オオオオオ!!打てっぞおおおおおお!!」
(…思いっきり…振ってきなさい…!)
にっしっひろ!にっしっひろ!にっしっひろ!
(はっ…はっ…う、打てる…!…打てる…打てる…っ!)
もはや三橋たちに出来ることは思い切り声援を飛ばすことだけ…ほんの少しでも西広の力になれればと
三橋たちは顔をクシャクシャにしながら大声援を送ります
モモカンもこの場面では何も策の立てようがなく、ただひたすら西広の打撃に運命を託すしか…
ぶううううん
「スットライーク!」
「ナイススイングゥゥゥッ!!」
「当たるよ!当たるよおおおおおっ!!」
にっしっひろ!にっしっひろ!にっしっひろ!にっしっひろ!
(…あ…当たる…!次は…!当たる…!)
ぶううううん
「ストライクツー!」
「よく見てけええええええ!!」
「西広君!!打てるよおおおおおっ!!」
にっしっひろ!にっしっひろ!
にっしっひろ!にっしっひろ!
もはや西浦サイドの応援は完全に西広一色!三橋たちも、ブラバンの人も、チアガールも、応援団も、そして数え切れない観客たちも、
全員があらん限りの声を出して西広へ声援を送り続けます。西広も一生懸命自分を奮い立たせてバットを振りますが、
無情にもそのスイングはかすりもしないまま追い込まれてしまうことに…
にっしっひろ!にっしっひろ!
にっしっひろ!にっしっひろ!
(はっ…はっ…あ…当たれ…!当たってくれ…!!)
(C)高橋陽一/集英社
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「体のどこかに当たってくれ!!」(えー |
ぶうううううん
「ストライークバッターアウッ!!」
うあああああああああ!! 運命を決める最後の一球…ひたすらに当たることを信じて振り続けた西広のスイングは、
とうとう一度も報われることなく三振となってしまうのでした。6−11…このスコアでとうとうゲームセットとなったこの試合、
西浦は美丞相手に敗北を喫し、県大会のトーナメントからも姿を消すことに…
「応援、ありがとうございましたぁーっ!!」
「「「ありがとうございましたぁーっ!!」」」
「…あ…ありが…!う…うう…うぐぅううっ…」
そして試合終了のコールが終わったその時、応援してくれた観客たちに頭を下げに並んだ西浦ナイン。
しかしその中で西広だけは、頭を下げると同時に涙が溢れて号泣してしまいます
あれだけの大声援にとうとう応えられなかった自分…西広は今日ほど自分をふがいないと思った事はないでしょう
というかこれ絶対一生もののトラウマだよね…(えー
なぜ神は西広にこれほどの試練を…前回の打席だけでも「俺って本当ダメだなあ…」って反省してたんだから、
あれだけで終わらせてあげてもよかったものを…俺が西広だったら速攻次の日から野球部やめてる自信あるわ…:;y=_ト ̄|○・∵.
ターン
「う…うう…う、う、くっ…」
「はい!そこまで!今日はこのチームの総力戦だったね!
そして負けた!もっと打てれば!もっと走れれば!
自分にもっと力が、技があれば!全員がそう思ったよね!」
「「「はい!」」」
「なら泣いて悔しさ晴らすなんて、勿体無いことしない!
その悔しさは、自分鍛えるエネルギーだよ!
大事に腹ン中ためときなさい!」
「「「はい!!」」」
「さあ荷物まとめて!あと2週間で新人戦!
その後はすぐ秋大だからね!さっさと帰って練習するよ!!」
「「「はいッ!!」」」
しかし西広の他にも、三橋や栄口たちが次々に泣きそうになったところで、突然飛んできたモモカンの檄!
涙というものはストレスを発散させる働きがあるそうですから、ここで泣くことはせっかくの悔しさを晴らしてしまうこと…
むしろグッと我慢して、その悔しさを練習に活かせと…そんなわけで敗北の余韻に浸る暇もなく、西浦はまたすぐに練習の日々を始めます
なんてキツいスケジュールなんだろう…やっぱり俺が野球部だったら絶対逃げ出してるな:;y=_ト ̄|○・∵.
ターン 次回に続く!
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